光栄寺について

真宗大谷派 石山上 光栄寺は大阪市東成区にある浄土真宗のお寺です。

光栄寺は京保18年、江戸中期に深江村新家道場として、真宗の教化を目的に建立され、明治初期道場より昇格して寺院となりました。

明治22年 真宗大谷派徳蔵寺 二十五世大江民丸が光栄寺住職兼務となるも入寺せず、建物は主として村の集会所として使用されていましたが、明治38年御門徒による尽力により、真宗大谷派光栄寺として再建され、念仏の教化と併せて地域青少年の親睦交流の場として、明治・大正時代を経過してきました。

昭和初年、大江民丸が徳蔵寺住職を月舟氏にゆずり、光栄寺住職を継承、寺の護持発展に努めましたが昭和31年に逝去いたしました。そして昭和13年 大江見証が住職を継承し、寺の維持・教化活動をすすめ、昭和35年には御門徒の協力を得て、寺院の拡張・整備充実のうえ、本堂落慶法要と宗祖親鸞聖人七〇〇回忌の法要を執り行いました。

平成元年、大江見証住職五十年を機に大江通成に住職を継承、境内拡張を契機として本堂の再建を図り門信徒一同の援助を得て、現在の本堂の落成に至ります。

延宝5年(1677年)に建立された寺院であることはわかっているのですが、平野川と旧大和川にはさまれた地形にお寺があったことにより、水害にたびたび見舞われています。残念ながらその水害によって光栄寺に関する資料は残っていません。

これから光栄寺の歴史については、わかったことがあれば更新してまいります。